ジョン・エリオットの日誌
執事エリオットの平穏なる一日(仮) 01


 朝七時。
 アンダーソン家に仕える青年執事、ジョン・エリオットの一日が始まる。
「起きてください、エリオットさん」
 寝起きの悪いエリオットは、一度呼びかけられたぐらいでは目覚めない。布団を被ったまま、ちょっとだけ返事にもならない声をもらすだけ。
 茶盆をサイドテーブルに置いた黒い髪と瞳の部下は、両手の指を鳴らす。彼なりの警告だ。それでもエリオットはぐずぐずして、ベッドから離れようとしなかった。
 一度目は穏やかに起こす第一従僕のマークだったが、二度目は容赦しない。事実上部下であるにもかかわらず、寝所にふたりだけしかいないのをいいことに、後輩上司の耳たぶを引っ張る。
「おい、起きろ、この寝坊すけ!」
「……んん、ああ……?」
「おまえがいつまでたってもこんなだから、ヒューの野郎に『眼鏡小僧』と陰口たたかれるんだぞ。たまにはセロリのように、シャキっと起き上がらんかいっ!」
「セロリじゃない……、トマト……」
 それだけ答えると、寝ぼけ眼のまま、エリオットは眼鏡をかける。湯気の立つ紅茶をカップに注ぐと、砂糖とミルクも加えた。朝一番に、濃いミルクティーを飲むのが日課である。ぼんやりとしていた意識が、じょじょにはっきりしてきた。
「じゃあな。トマト君」と言いかけるマークだったが、入れ替わるように寝所に入ってきた下男のトムを見るなり、言葉遣いを変える。
「それでは失礼いたします、エリオットさん」
 マークが去ったあと、下男に整髪と着替えを手伝ってもらう。着付けは大事な階上でのお勤めのひとつだったから、上司をつかって練習させるのだ。一年近く続いた日課だったため、すでに指図しなくても、トムは要領よく身支度を整えてくれた。
 黒いネクタイとモーニングコート姿の自分を鏡に映しながら、エリオットは満足した笑みを浮かべる。
「よし。じゃあ明日からは、僕の髭剃りを手伝ってもらおう」
「本当ですか?」
「ああ。がんばって階上でお勤めできるようになってくれ」
「はい!」
 寡黙な少年だったが、満面の笑みが返ってきたことで、今日一日の始まりはいつになく気持ちよかった。
 茶の道具を片付けているトムを残し、エリオットが次に向かったのは洗濯室だった。ここはかつて大勢の洗濯女中たちが働いていたが、二〇世紀が始まってまもないころ、彼女たちは解雇されてしまった。衣服はもちろん、リネンやシーツ類も街の洗濯屋に発注するようになったためだ。あとは下着や奥さまのドレス、簡単な洗い物をすませるだけだった。
 洗濯室の端にある衝立の向こうには、男性用浴室に改装されている。浴室といってもあるのは、バスタブとマットと椅子の上にカゴがひとつ置いてあるのみ。
 週に一度か二度使われる浴室を背に、エリオットはアイロンを手にした。ゆっくりと丁寧に紙を伸ばす。主人の手が汚れないよう、新聞のインクを乾かすためである。
 それが終わると厨房に入り、台所女中たちが用意してくれた茶盆に、まだ温かい新聞を乗せる。裏階段をつかって階下から二階へと移動し、主人サー・リチャードの寝室をノックして入室する。
 エリオットはサイドテーブルに茶盆を置くと、寝室のカーテンを開けて朝の光を入れる。日差しがそそぐベッドの上で、主人は背伸びをしながら起床した。ひとのことは言えないが、寝起きの良い主人でよかったと思っている。
「おはようございます、旦那さま。本日はいいお天気です。昨夜の雨が嘘のようでございますね」
「そのようだな。じゃあ、さっそく釣りにでもでかけるか。支度をたのんだぞ、エリオット」
「かしこまりました。ご出発は午後からでよろしいでしょうか?」
「ああ。ジェイムズとヘンリーも連れて行きたい。スケジュールの調整をしておいてくれ」
「はい旦那さま」
 会話が終わると、サー・リチャードは老眼鏡をかけて新聞を読み始めた。一ヶ月前に新調したばかりの眼鏡にまだ慣れないのか、主人はフレームを持っては小さく上下に動かしている。
 そんな主人の姿を見ると、歳をお召しになられたのだと実感せずにいられない。オールストン邸の屋敷に奉公するようになって一〇年。時が流れたと思うのも無理なかった。
 主人の寝室を出て、エリオットはさっそくの面倒にため息をついてしまう。
――若旦那さまが、素直に承諾していただけるのだろうか……。
 アンダーソン家の長男、ジェイムズは少々、気むずかしいことで知られていた。父親であるサー・リチャードと相性があまり合わず、会話をするたび行き違いが生じて険悪な雰囲気になるのは日常茶飯事だ。それでもさいきんはまだだいぶおさまったようで、部下連中からも愚痴を聞くことが減った。
 若主人にもっとも近い立場でお世話をしているマークによれば、「やっと女家庭教師との過去が吹っ切れたみたいだ。ただしあくまでも俺の推測」らしい。
 理由はどうあれ、あとは一日でも早くアンダーソン家にふさわしい令嬢とご結婚されることが、一家と使用人たちの願いでもあった。
 階下にもどり使用人ホールに入ると、すでに台所女中をのぞく部下たちが、定位置で立っていた。それぞれのテーブル席の前には、焼きたてのトーストとベーコン一切れ、シチューが並んでいる。今朝は、面倒なおかずの取り分けがないことに、内心感謝しながら、上座に立って食前の祈りをする。
「それでは神に感謝していただこう」
 それを合図にいっせいに食事が始まる。上司である執事が食べ終わるのが、朝食時間の終わりのため、女中も従僕も下男も御者も侍女もひたすら黙って食べ続けた。午餐と夕食は話題を提供するエリオットだったが、忙しい朝だけはそんな気分になれない。周囲のペースを観察しながら、トーストをかじっていた。
 腹ごしらえもそこそこに次にまっていたのは、主人たちの身支度だ。マークと第二従僕のビリーとともに厨房へ行き、それぞれの主人のために湯を調達する。盆にリネンと剃刀も乗せ、用意した下着とともに裏階段から階上へと上がった。侍女のナターシャがエリオットたちのあとについて階段を上がる。彼女も女主人であるレディ・アンダーソンのために、毎朝、身支度の日課をこなしていた。
 いつものように主人の身支度を終えると、一階の居間に顔を出した。階下の朝食の前にマークとビリーがセットしていたテーブルを確認する。夏の朝の日差しがまぶしいほど降り注ぐ、居間の大きなガラス窓の向こうには、緑の丘と森がどこまでも広がっている。続きの温室の緑も鮮やかで、小ぶりだが熟したオレンジの実がエリオットの目をひいた。
――そういえばさいきん、食べてなかったな。今度、ハリスン夫人にたのんで買っておいてもらおう。
 女料理人ハリスンは忙しいときは泣く子も黙るダイナマイト料理人という異名をとっていたが、空き時間の彼女はだれよりも親身で大らかなのをよく知っている。その機会を狙って、たのみごとをするのもエリオットの日課のひとつだ。ちなみに部下連中は、頼みごとが怖くてできないため、彼らの代行も兼ねていた。
 使用人ホールに降りたエリオットは、祈祷の時間を知らせるためベルを鳴らした。使用人たちがいっせいに玄関ホールに集まり、一列に並ぶ。その前にエリオットが立ち、主人たちと向かい合う形になった。
 螺旋階段を使って、レディ・アンダーソン、サー・リチャード、長男ジェイムズ、次男ヘンリーがやってくる。主人の祈祷に合わせ、一同が神に祈りを捧げると、ここで終わった。とくに主人たちからのお言葉はない。いつものことだ。
――今日も一日、平穏でありますように。
 エリオットの祈りもいつもと同じ内容だった。
 主人たちの朝食が終わると、執事室にマークとビリーを呼び、午後の釣りの件を伝える。ふたりの若さまの予定を主人に合わせてくれるよう、命令した。次にエリオットはノートを持って書斎にいるサー・リチャードから本日の予定をおききした。
「では午後二時に、マークがお迎えにまいります。昼食後にすぐご出発できるよう、お支度の手配は整えます。あと、納屋に置いてます釣り道具も、点検させているさいちゅうです。もし、破損等の不備がございましたら、これからすぐに新しい物を購入したいと考えておりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、時間までに間に合うのなら、きみにすべてを任せる。それでもわからんことがあれば、森番にきいてくれ」
「ありがとうございます、旦那さま」
 主人の水色の瞳が、困ったように細められた。
「……で、ジェイムズは行くと言ったか?」
 予想通りの問いだった。すぐに用意している答えを口にする。
「ただいまマークが予定をおききしているさいちゅうにございます。本日は天気もよろしいゆえ、なんとかわたくしどもが説得してみせますが……」
「きまぐれのあいつのことだから、手をわずらわせてしまうなあ」
 ここでサー・リチャードは口ひげを触りながら、言葉を続けた。執事であるエリオットに打ち解けた話をするさいの主人の癖でもある。
「社交界に顔を出すようになったのはいいんだが、ジェイムズのやつ、かんじんのことを私に話そうとせんのだよ。いいご縁になりそうな令嬢が、いるのかいないのかすらわからない。妻にきいてみても、同じ答えだ。……かといってな、もういい大人なのだし、あまり親がうるさく言っても、かえって気まずくなるだけだ。だから、釣りでもしながら……と考えておってなあ」
 エリオットには主人の言いたいことがわかっていた。
――引っ張ってでも、長男を釣りに連れて来い!
 にっこり笑みを作り、答える。
「かしこまりました。ご懸念が晴れるとよろしいですね。何が何でも」
 最後の言葉をことさら強く口にしたら、主人にしっかり伝わったようで、大きくうなずきが返ってきた。
「たのんだぞ、私のエリオット」
 ここで退室を命じられたエリオットは、拳を握りしめ、マークを叱咤激励することに決めた。


 食器保管室でエリオットは銀盆を磨きながら、同じく銀の燭台を磨いているマークに問うてみた。若主人の返答いかんを。
 予想どおり爽やかに承諾される雰囲気ではないようだ。
「……かといって無理強いしたら、強情な若旦那さまのことだし、逆効果になっちまうよなあ」
 エリオットはため息をつかずにいられない。
「はああ……。やっぱり難しいか。僕は旦那さまから『ぜったいに参加させろ』と、命令を下されてるんだよ」
「ブリッジゲームと煙草と寄席喫茶ぐらいしか楽しみがない御方に、青空のもとでの釣りをおすすめするのは至難の業だよな」
「そうそう。だから旦那さまは僕らを使われるのさ」
「父親にできないことが、俺らにできるかってぇの」
「しかし旦那さまはどうしても釣りをさせたいそうだしなあ。屋敷のなかだと、社交界の状況をききづらいんだと」
 次の燭台に手を伸ばしたマークだったが、ふと思い立ったようにぽん、と手を叩いた。
「あ、そうか。反対にすりゃいいんだ」
 エリオットも研磨を動かす手を止める。
「どういうことだ?」
「今日、屋敷にいたら、うるさいだれかさんが訪問してくる――という設定だ。そうなりゃ、いやでも釣りに行くだろ」
「なるほど。それはいいかもしれん」
「ただ、問題はそう都合よく、小うるさいだれかさんをお昼に呼べるかどうか。奥さまは神経質なところがあるし、かんたんに乗っていただけるとも思えないんだよなあ」
「それはどうかな、マーク?」
 エリオットの眼鏡がきらり、と光った。ついでに不敵な笑みが口もとからこぼれ落ちた。
「いい案があるのか?」
「ビリーを使って、鉄道駅ですぐに電報作ってもらう。もちろん例の差出人で。その名は――」
 あとはマークが同意するように、言葉を続けた。
「アリサ・アースキン夫人、だろ」
「ご明察」
 アースキン夫人とは、レディ・アンダーソン――つまり女主人の妹ぎみである。非常に口うるさく、お節介なことでも知られている。ジェイムズのような内向的でマイペースな人間にとっては、この世の天敵とも呼べるほど苦手な貴婦人だ。
「なら、善は急げだ。あとは俺が磨いておくぜ」
 マークがそう言うと同時に立ち上がったエリオット。執事室にもどって呼び鈴を鳴らした。トムがやってきて、ビリーを呼んでくるよう言いつかう。
 三分後、朝のお仕着せ姿の第二従僕がやってきて、素直に上司の指示に従った。ただ、その顔にはいたずらに加担する愉快さを思わせる、笑みがついていたが。
「というわけだ。今回は特別に僕の自転車を貸してやる。それに乗って行け」
 ビリーの目が輝いた。
「自転車に乗れるんですか? やった!」
「転倒しないように気をつけろよ。それと、配達時間も確認しておいてくれ」
「もちろんです」
「さ、行ってこい」
 合図と同時にビリーは駆け出した。まだ一九歳の彼にしてみれば、自転車に乗れるというだけでうれしいのだろう。喜びが全身にあふれていた。


 階下の昼食の時間になった。エリオットが使用人ホールに入ると、午餐を前に腹を空かせた部下たちが、すでにそれぞれの席で立ってまっている。
 大皿の焦げたミートパイを切り分け、つぎはボールに盛られた茹で野菜を続けてめいめいの皿に盛った。溶けそうなほど煮込まれたキャベツと、砂のように崩れたジャガイモだ。今日はハリスン夫人の機嫌が悪かったのだろう。台所女中頭リンダの作った料理は、いつもよりひどく出来が悪かった。
 ビールがコップに注がれると、神に祈りを捧げて食事が始まる。個人的に呼び出す時間が惜しいエリオットは、食卓の場でビリーに問うた。
「で、電報はいつごろくる?」
 給仕をこなしながら、ビリーは答える。
「午後二時ごろの配達になりそうです」
 「あーあ」と、額に手をやり、落胆せずにいられない。
「一時前はさすがに無理か……。こりゃ、僕が説得するしかないかな」
 しかしビリーは陽気に答える。
「そうおっしゃると思って、電信局で作ってもらったやつを僕が直接持ち帰りました。局員さんが変な顔をされたんで、チップを渡しておきましたよ。五ペンスです。もちろん立て替えておいたぶんですからね、エリオットさん」
 上司に許可なく立て替えするなど、ふだんなら言語道断だが、ことがことだけに機転の素晴らしさを称えられずにいらない。エリオットはひととおりねぎらったあと、こっそり執事室でビリーに六ペンス渡した。
 そんなこんなで階下の昼食が終わったあと、次は階上の昼食の準備が開始される。休む間もなく、エリオットとマークとビリーたちで食堂のセッティングをする。テーブルを部屋の中央に並べ、白いクロスをかけ、グラスやナイフ、フォークを置いてゆく。
 その間を縫って、エリオットはビリーが持ち帰った電報を銀盆に乗せると、若主人のいる寝室へと入っていった。
「失礼いたします。ミセス・アリサ・アースキンさまから電報が届きました」
「なんだって?」
 安楽椅子に腰掛けていたジェイムズの顔が、不愉快の文字を描いた。銀盆に乗せられた電報をむしりとると、眉間を曇らせて読み始める。
「……なにが急用のついでに立ち寄る、だ。予告したら私が逃げると踏んで、不意をつこうとしたな、叔母さんめ」
 そして勢い良く立ち上がり、丸めた電報を銀盆にもどしながらジェイムズは言った。
「よし。私も釣りにいくぞ。用意しておけ、エリオット!」
「かしこまりました、若旦那さま」


 階上の昼食を終え、片付けをビリーとこなしながら、釣りの支度はマークに託す。彼と御者のヒューがいれば、お伴はそれ以上必要ない。あとは休憩用の茶を水筒に注ぎ、菓子と軽食をバスケットに詰めてもたせるだけだ。
 男主人たちが屋敷を出発するのを見送ったら、つぎは来訪者を応対するための玄関番である。まずビリーが玄関ホールで待機し、その間、エリオットは執事室で帳簿の整理をする。
 するとノックがあって、家女中頭メイベルの声がした。
「あの、今、よろしいですか?」
「ああかまわないよ。どうぞ」
 執事室に入ってきたメイベルは、皿にクッキーを盛っていた。甘い香りが、エリオットの嫌な予感をうながす。
「あたしが焼きました。ハリスン夫人に味見してもらおうとしたら、忙しいからって断られてしまって……」
 ペンを持ったまま、エリオットは帳簿とにらめっこした。なるべく部下の家女中と視線を合わせないように。
「悪いけれど、僕もこの通り多忙でね。それに甘い菓子はご婦人のほうが得意じゃないかい。ナターシャとか」
「ナターシャも奥さまの用事で手が空いてないんです。それに冷めたら固くなってしまいますわ」
――けっきょく、僕が味見係かよ……。
 エリオットは内心、辟易しながらもクッキーをつまむことにした。メイベルは家女中だが、次期家政婦をめざしている。家政婦はたいてい女料理人が出世した職業のため、菓子を作れることが大前提なのだ。
 ご婦人の身の回りの世話や裁縫が得意なメイベルだが、菓子だけは作る機会がない。そこで空き時間を使っては、必死にクッキーやジャム、パイをこしらえていた。家政婦が不在の今、空席を狙って出世するのが真面目なメイベルの夢なのである。
 ジンジャークッキーは可もなく不可もない味だった。見た目は良くても、味がいまひとつでは出世はもう少し先になりそうだ。
「どうですか、エリオットさん?」
 黒い瞳を輝かせる彼女に、遠まわしな答えを返してやる。
「菓子を作るのもいいが、家女中頭としての仕事をおろそかにしてはいけないぞ。どちらも中途半端なままじゃ、きみにとって良い結果を生むとは思えない」
「……そうですか。ありがとうございます」
 明らかに失意に沈むメイベル。かわいそうだが、その気もないのに付きまとわれることを思えば、厳しいぐらいがちょうどいい。
 と、なにやら小声で話す声が聞こえる。
「……ほら、いったでしょ。エリオットさんは『おいしい』って言われないって。マークがなんでも『おいしい、おいしい』って言うから、あの娘、かんちがいしちゃったのよ」
 台所女中頭リンダだ。マーマレード乙女の会なるおのれのファンクラブを作っている会長である。副会長の家女中エレンが言った。
「でも『まずい』もおっしゃらなかったわ。マークのはね、ただメイベルが怖いからそう言っているだけ。まあまあの味でも。だから今回はあたしの勝ちね」
「いいや、あたしよ。『おいしい』って言われなかったもん。エリオットさんに夜食を届ける役目、あたしがいただくわ」
「いえ、あたし!」
「あたしったらあたし!」
 ここで見ていられなくなったのか、メイベルが大声で叱咤した。
「こらっ、あなたたちっ! 本当にエリオットさんが好きなら、こんなつまらないことで迷惑をかけないでしょ! さっさと仕事にもどりなさいっ!」
 ほんのわずかなドアの隙間から、走り去る足音が聞こえた。
 さっきまでの叱咤が嘘のように、平静な顔にもどったメイベルは一礼をする。
「それでは失礼いたします、エリオットさん」
「ああ……」
 家政婦としての腕は未熟だが、貫禄だけは立派にあるようだ。
 引きつった笑みを披露しながら、そう思わずにいられないエリオットだった。
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