俺の妻の手作り弁当がまずいわけがない〜おまけ



「で、先輩。菜の花とたらこって、どういう栄養があるんすか? 昼休みんとき、俺にさんざん語ってくれましたよね、黒の秘密を!」
 午後3時、コーヒータイムの休憩室で山田が、俺に詰め寄ってそう言った。目が笑っている。
 これはきっと、昼休みを15分に縮めた仕返しだな。
 だから俺はうんちくを語る――わけにはいかなかった。なぜなら、そう、すべて俺の妻の解説で学んだのだから。もちろん、菜の花とたらこの効能は、未知の世界だ。
「どうなんすか、先輩?」
 山田の顔がさらに意地悪く歪んだ。おそらく、俺の負けを察知したのだろう。
「そ、それはだな。ちょいまて。う○こに行ってくらあ。漏れそうだぜ!」
 俺は猛ダッシュして、トイレに向かった。上司が立ち便器のまえにいたがあいさつも忘れ、青い顔で個室にこもる。腹の調子が悪いとかんちがいしてくれるよう、祈りながら。
 ポケットから携帯電話を取り出し、かちかちと文字を打つ。送信先はもちろん。
「妙子さん、すぐに頼むよ」
 ディスプレイに向かってそうつぶやく俺の気持ちが通じたのか、約3分後、ポロロン♪とメールの着信音が鳴った。
 だがやけに文章が長い。







β









B1
B2




C
(……以下延々省略。)

「読めねえ! っていうか、スクロール膨大すぎて、指がつるぅ!」
 思わず俺は絶叫してしまった。
 そういえば妻は、横書きは日本語を読みづらくするからといって、日々、縦書きを実践しているのを忘れていた。
 これじゃ、読み終わるまでに休憩時間が終わってしまう。山田に負けるわけにはいかん。先輩としてのプライドがある!
 俺はメールを送信した。縦書きにこだわらなくていいから、読みやすくしてくれと。
 妻もだが、妻の母もたまに手紙をよこしたかと思えば、見事な行書の毛筆で便りを書いてくれる。俺だったら解読するのに2時間かかるのを、妻は当たり前のようにすらすらと読めるのだからすごい。さすが物心ついたころから、書道を仕込まれただけある。
 そうなんだよな。妻の両親――つまり俺の舅と姑だが、妻以上に古風な人柄だ。なんでも日本の江戸時代こそ究極の理想郷だと信じていて、山奥の実家はまるで小さな城下町である。そう、例えれば日光江戸村を思い浮かべてみればいい。緑の山をバックにして、タイムスリップしてしまう状態だ。ありあまる資産を使った、究極の道楽だと妻の両親は言っていたっけ。
 ちなみに妻の実家で働いてる人たちは、和服を着ていた。メイドならぬ腰元と、執事ならぬ老中までいるのだから、本格的だ。門番は忍者の格好をして、「何奴?」と手裏剣攻撃とともに俺を出迎えた。びっくりしすぎて、腰をぬかしそうになったのが忘れられない。
 そんな実家で育った妻だから、大学時代に出会ったときはだれよりも個性的だった。今でもそれは変わらないが、携帯メールの打ち方を教えたのも俺である。素質があったのか、妻はすぐに使い方を覚えてくれ、大学を卒業するころには俺以上にパソコンを使いこなすほどだった。
 そうだったよな。江戸時代の生活を疑似体験するサークルを妻が作ったのはいいが、あまりにもリアルさを追及するものだから、メンバーがだんだんと減って、最後に残ったのは妻と俺だけ。
 なぜいたのかって? 決まってるだろ。妻の作るうまい飯に激ボレしたのだ。こんなうまい和食が毎日食えるのなら、結婚してもいいかなって冗談言ったら、週末、老中とその部下が俺を妻の実家に連れ去った。そこでなし崩し的に『妙子の婿殿にふさわしき御仁か否か。このご時世、愛だけで乗り越えようなどとは甘いぞ』テストを実施されて、ふらふらになりながらなんとか合格した。テスト内容は極秘なので、ここでは明かせない。
 返信があった。着信音で俺はわれに返る。
 『開封せよ。』とタイトルがあって、本文は空白。添付されていた画像を開く。



「おお、そうなのか、でかしたぞ、妙子さん!」
 ぱちん、と携帯の画面を閉じた俺は、手を洗うのも忘れ、意気揚々と休憩室にもどる。
 悔しそうな山田の顔を想像するだけで、笑いがこみ上げてきた。
 そろそろスマートフォンもいいかな。ディスプレイが広いと、妻の毛筆画像を読むのもラクになるんじゃないだろうか。

俺の妻の手作り弁当がまずいわけがない おまけ 〜おわり〜2011.10

※ノリと勢いだけの作品なので、栄養云々はかなり適当です。タイトルのような萌えラノベ系もまったく読んだことありません。あと覆面用作品につき、いつもと作風がちがうのはお愛嬌ということで。
頂いた感想のなかにリアル暗黒弁当の写真があるよって、教えてくださった方がいました。ありがとうございます。ほんとうに真っ黒で食欲減退カラー状態(笑 @nifty:デイリーポータル Z:単色弁当

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