令嬢カトリーヌと禁断なる恋の日々

執事フレデリックと禁断なる聖誕祭のプレゼント 【01】




「今年の聖誕祭のプレゼントは、パパンとママンと叔母さまに、パメラちゃんもいるわね。あとは――」
 カトリーヌ・ラボーは三階にある自室の窓から、パリの街をながめながらそうつぶやいた。
 あとは、口にできない。
 なぜなら、このプレゼントは心をこめて贈ってはいけないひとのものなのだから。
 一九世紀のなかばごろ、皇帝ナポレオン三世が政権をとり、統治を始めたことで、パリの街は変わりだした。毎日カトリーヌがながめている景色も、つい数ヶ月前までにはなかった大通りができて、周囲にあった薄汚い下町はきれいさっぱりなくなっている。
 遠くに目を凝らすと凱旋門の威容があり、セーヌ河の向こうにあるブローニュの森の緑が広がる。そのなかで、カトリーヌがもっとも熱く視線を投げかけている建物。それは、まるで要塞のごとくパリの街に君臨し、ラボー家の屋敷の何百倍もの広さを持っている巨大なデパートだ。
 ここへ行けば、手に入らない商品はないといわれるほどの、品揃えが自慢の一大スペクタルな百貨店である。なにせ店員だけで千人は超えるという、話まで聞いているほどの規模なのだから。
 ここなら、どんな紳士でも欲しいものが見つかるはず。たとえ、物欲のなさそうな彼でも。
「さあ、でかけるわよ。いざ、ボン・ボヌールへ!」
 カトリーヌは拳を握りしめ、メイドを呼んで身支度させた。


◇◆◇◆◇



 カトリーヌが身支度を整えているころ、屋敷の裏庭ではひとりの男が、軒下から吊り下げられたサンドバッグと格闘していた。
――ついにお嬢さまに好きな御仁が。
 ラボー家に奉公するようになって一三年目。あのころはまだ五歳だったあどけない令嬢カトリーヌが、気がつけば社交界に出るようになり、ついに意中の紳士を見つけられた。
――そうだよな、もう一八歳になられたんだものな……。
 いつ結婚されても不思議ではない。それどころか、ラボー夫人は口をすっぱくして、「あたくしは一六のときに結婚したのよ」と、娘にさとしているのを何度も耳にしている。
 社交界に出て三年目。ようやくそれらしき気配が芽生えてきたのは、大変よろこばしいできごとである。
 それなのに、心はまったく晴れなかった。
 お嬢さまがご結婚される日から、自分の役目が終わるのだと思うと。
 五年前に亡くなった先代、老ラボー氏との約束。たったひとりの孫娘、カトリーヌ嬢が結婚するまで、身を挺してでも守ってやること。そのなかには、令嬢に言い寄ってくる紳士の本心を見抜く役目もふくまれていた。
 果たしてカトリーヌ嬢は、どんな御仁と恋仲になられようとしているのか……。
 屋敷にあいさつにやってきた日がおとずれたら、しっかりこの黒い瞳で見抜く必要がある。
――もし、財産目的の不埒な輩だったら、俺がこの手で追い出してやる!
「はっ!」
 気合をこめて、サンドバッグに回し蹴りを入れた。衝撃を受け止めた標的が大きく揺れる。こちらにもどってくる直前、さらに拳を放った。さらにサンドバッグが高く上がったと同時に、従僕の部下ポールが声をかけてきた。
「フレデリックさん、早く支度しないと、お嬢さまをまたせてしまいますよ!」
 返事をしないまま動きを止めると、息を整えて屋敷のなかへもどる。裏階段を下りて、自室を兼ねている執事室へと入った。狭いクローゼットを開ける。
――思いっきり上等の外出着にしてちょうだい。よかったらパパンのを貸してあげましょうか?
 カトリーヌはそう言ったが、さすがに主人のお召し物に袖を通すわけにはいかず、手持ちのなかから無難な服装――黒いフロックコートを選ぶ。最後にシルクハットを被って、どこからどう見ても紳士に見える格好に仕上げた。さらにそのうえに分厚い外套を羽織って、御者の役目も果たす。
 屋敷の停車場に馬車を停め、御者台でまっていると、五分もしないうちにカトリーヌが玄関から出てきた。
「おまたせ、フレデリック」
「いいえ。それではまいりましょう、お嬢さま」
 カトリーヌがひとりで乗り込む。箱馬車の扉を閉め、御者台にもどると馬に軽く鞭をあてた。


 巨大デパート、ボン・ボヌール。フレデリックは物欲を満たすショッピングそのものに興味がなく、ここを訪れるのも主人たちの従者をするときだけだった。何度見ても、胸が悪くなるほどの人だかりだ。玄関ホールでいつも特売セールをやっていて、故意に繁盛ぶりを作っているという噂がある。
 玄関前でカトリーヌを降ろし、読書室で待ち合わせをする約束をされた。フレデリックは停車場に馬車をとめ、ふたたび玄関までやってくると、商品を物色しているご婦人たちのあいだをぬうようにして、読書室をめざした。
――うわあ。あいかわらず、オーバーな演出だな……。
 フレデリックは唖然としながら、デパートのホールを見回した。中央に小さな噴水があり、その奥には装飾過多な螺旋階段。三階までつながっている。赤い絨毯をひいた段の上を、大勢の淑女たちが楽しそうに昇ったり降りたりしていた。
 階段の手すりには赤と緑の派手な布地が巻かれ、吹き抜けと踊り場にはクリスマスツリー。最近、ロンドンで流行している、綺羅星の飾りつけである。
 いかにも聖誕祭の買い物をしろと演出されているのが、物欲を刺激しているようで居心地悪い。紳士連中も同感なのだろう、奥さまたちの買い物を退屈そうに新聞を読みながらまっている姿は、読書室の名物光景にもなっていた。
「フレデリック、ここよ!」
 カトリーヌが手を振りながら、近づいてきた。
「おまたせいたしました。さあ、まいりましょうか」
 彼女が小声でたしなめる。
「……その言葉づかい、ここではだめよ。お買い物中は、わたしたち夫婦なんだから」
「は、はあ。しかしよろしいのですか、わたくしのような者が、意中のお相手のプレゼントを選ぶだなんて」
「いいったら、いいの。だってわたしじゃ、どんな物を贈れば殿方が喜ばれるのか、見当がつかないんですもの。パパンじゃ世代がちがうし、兄弟もいないし、ほかにきけるようなひとが思い浮かばなくて。それに店員さんって、夫同伴だったらいいものすすめてくれるのよ。男のひとがいれば買ってもらえるとふんでるのね」
「そういうものなのですか?」
「そういうものなの」
 フレデリックはほんの少しだけ笑みを浮かべる。
「さようでございましたか。ならば、わたくしめがせいいっぱい、素敵な聖誕祭のプレゼントを選んでまいりましょう」
「ええ、お願いね」
 ここでカトリーヌの腕をとったフレデリックは、にわか夫婦を演じながら売り場へと足をふみ入れた。


 まずふたりがやってきたのは、ネクタイ売り場だった。大半が落ち着いた色だったが、なかには色彩豊かな布地で作られた商品もぶら下げられている。たくさんのネクタイを見ているだけで、軽く一時間はつぶれそうなほどの数だった。
「なるほど、ネクタイか。これならいつも身につけるし、結ぶたびにお嬢――じゃなかった。きみのことを思い浮かべるよ」
 カトリーヌはハンカチで口もとをおおい、笑う。
「うふふ。素敵でしょ。どれが好み?」
「そうだな。僕だったら」
 フレデリックは黒いネクタイを指でさす。
「ええ? ちょっと、あなたってば。また黒?」
「またって、黒が一番しっくりくるんだよ。どんなスーツでも合うし、仕事にもつかえる。これが無難だ」
「たまにはきれいな青色とかいいんじゃない? あなたって髪も瞳も黒いし、いつも黒い服装だし。カラスみたいって、ずっと前から思ってたもの」
「カ、カラス?」
 偽装夫婦を演じているふたりを見守っていた男性店員が、「ぷぷ」とふき出した。
――笑われた?
 フレデリックは赤面してしまうのだが、買い物慣れしているカトリーヌは平然としたまま、注文をつけた。
「どれがおすすめかしら」
 もみ手をしながら、店員はフレデリックの頭からつま先まで観察して答える。
「そうですね、奥さま。同じ黒でも紫がかったお色はいかがでしょうか。地味なご主人さまこそじゅうぶん映えると思いますよ。もちろんこちらの商品は、本場日本から輸入した絹だけを使用しております」
――だれが地味なご主人だ!
 慇懃な態度ながら、店員は的確にお客のコンプレックスをついてくる。
「ほら、よくご覧になってください。うっすらとですが、ゴブラン織りの模様も入っておりますでしょう? シックでいて小粋ですから、外出着にもお使いいただけますよ」
 愛想笑いを浮かべる小柄な店員を見て思った。
 そうか、そうやって何気なく高価な商品をすすめてくるのか。
「なるほどな」
「まあ、お気に召したの、あなた?」
 喜びをみせたカトリーヌの腕をひっぱるようにし、その場を去る。店員が悔しそうな視線を残しながら、ふたりを見つめていた。
「……ネクタイはだめかしら?」
 真顔のまま、小声で答える。
「冷静になってください。このネクタイはわたくしめがいただくのではありません。このように地味なわたくしには似合っても、お嬢さまが恋されていらっしゃる紳士どのには、あまりにも地味すぎやしませんか? まさか、黒ばかりのカラスみたいな御仁じゃあありませんよね?」
 地味と指摘されたことがちょっと面白くなかったので、あえて強調して言った。
「そ、そうかしら?」
「そもそもですね、意中の御仁とはどんなお人柄なのです? それがわかりませんと、プレゼントも選びようがございません。ちがいますか?」
「それはそうなんだけど……」
 ぐぐっと顔を近づけ、さらに声を小さくする。耳元でささやくように。
「……して、お相手のご職業は? 貴公子? それとも青年実業家? 軍人でしょうか? まさかジャーナリストじゃございませんでしょうね? それでしたらネクタイより、ペンのほうがよろしいのでは?」
「どうしても言わなきゃだめ?」
「当然です」
「じゃあ少しだけヒントをあげるわね。――その人はね、わたしよりひと回り以上、年上なの。ちょっとキザでクールだけど、いざとなったらまっさきに駆けつけて、わたしを救ってくれる。そんな騎士みたいなひと」
「騎士――やはり軍人でしたか」
「……」
 カトリーヌはそれには答えず、ほほ笑みだけを返してくれた。


 つぎにふたりが向かったのは、懐中時計売り場だった。ここでも男性店員が低姿勢で応対してくれる。何か言ってきたが、「しばらくだまってくれ」と制した。
 軍人ならば戦場でも携帯できる懐中時計がいいだろう、とフレデリックは判断したのだ。
 ガラスケースのなかに陳列された商品を見てゆく。
 見るから高価な金時計に始まり、金メッキ、真鍮……とランクが落ちてゆく。自分だったら真鍮でじゅうぶんなのだが、相手が軍人となると安物はご法度だ。だからといって宝石がはめこまれているような高価なものが、プレゼントにふさわしいのだろうか。
 ふと目についたのが、エナメルに花と鳥が描かれた装飾時計。これは華美だ。七宝焼きまである。これもまた、五色の輝きが軍人には不似合い……と思うものの、プレゼントなのだから意表をついたほうが喜ばれるのだろうか。
 真剣に商品をにらむように見つめていると、あることが気にかかった。カトリーヌに問う。
「きみの従姉の知り合いのA少佐の話なんだが」
「なに、あなた?」
「彼は裕福な御仁なのかい?」
「どうしてそんなことをおききになるの?」
「もし、見かけだおしの貧乏人なら、懐中時計なんかとっとと売られてしまうだろう。そんな気がするんだ」
「ええ? まさか。そんな風に見えないわ」
「これでも僕はきみとちがって、市井のことはよく知っているからね。見かけだおしのにわかダンディなんてくさるほど、パリの社交界をうろついている。いくら美男子でも、口先だけの紳士なんて信用できるかい?」
 と、ここまで口にして、言いすぎたことに気がついた。カトリーヌがうつむいてだまってしまったからだ。
――まずい。相手は妻じゃなく、雇用主のお嬢さまだというのに!
 あせったフレデリックは彼女の腕をとると、売り場をはなれた。ここでも小声で謝罪する。
「……申しわけございません。ついその気になってしまいました」
「いいのよ。あなたが心配してくれるのも、無理ないもの。禁じられた恋をしてるって、さきに言っておけばよかったわ」
「なんですって?」
 フレデリックの脳内に衝撃が走る。
 てっきり身分相応の相手ばかりだと思っていたのに。素直な性格のお嬢さまだから、既婚者との恋愛など、見向きもしないはずだと。
「やだ、そんな顔しないで。パパンとママンにはないしょよ。だからあなたを連れてきたの」
「さようでございましたか。わたくしをたよりにしていただけるとは、光栄です。しかし……」
「しかし、なに?」
 カトリーヌの顔が近づいてきて、フレデリックは反射的に背をそらしてしまう。
 お嬢さまはきれいだ。社交界に出るずっと前から、きれいだとは思っていたが、こうして間近で見つめていると、鳶色の瞳と飴色の髪に吸い込まれそうになる。このまま抱きしめ――。
「いえ、なんでもございません……」
「何か言いたそうよ?」
「いえ、べつに……」
「そうなの?」
「ええ、はい」
――いかん、いかん。俺としたことが。
 そう、お嬢さまもだが、この自分も禁断の恋をしている。決して実らない想いを胸に秘めたまま、お嬢さまの結婚を見送る覚悟をしなくてはならない身。
 フレデリックは姿勢を正すと、咳払いをひとつした。
「たとえお相手が既婚者だとしても、恋は恋。懐中時計もいいですが、プレゼントならもっと愛着のわくものがよろしいでしょう。だから、べつの商品を探しませんか?」
「そうね、フレデリック。ありがとう」
 ふたりはふたたび腕を組むと、螺旋階段を使って上の階へと移動した。


 絹と子羊革の手袋が並んでいる売り場にやってきた。ここは婦人ものだから、立ち寄っても仕方がない。
 ……そのつもりだったが、フレデリックの目はある婦人の背中をとらえたきり、動かなかった。
「あなたもだれかにプレゼントするの?」
 カトリーヌの素朴な問いに、片手をわずかに挙げて制す。「お静かに」と。
 白いドレスと灰色の袖なしコートを身につけた婦人の、手袋をした手がすっと伸び、商品に触れたかと思うと、引っこめられる。ほんのわずかのあいだのできごとだった。
「ま、まさか」
 お嬢さまは万引きなど見たことがなかったのだろう。青い顔をしたまま、立ちすくんでいた。いっぽうの慎ましかやな婦人は、何ごともなかったかのように平然と売り場を去っていく。
 一瞬だったが、横顔がふたりの視界に入る。
「やだ、ジェルマン男爵夫人……」
「お知り合いですか?」
「このまえの舞踏会で、お会いしたの。うちみたいに裕福だし、とてもそんなふうに見えないわ」
 そのとき、男爵夫人のあとをついてゆき、肩をたたくいかつい男がいた。詰襟と帽子という、まるで軍人風情の中年だ。振り返った夫人は真っ青な顔をし、何やら言いわけを始めていた。
「警備員につかまったか」
「そんな。どうなるのかしら」
「決まってます。初犯なら店に代金と和解金、常習犯のようでしたら、そのまま警察に引き渡されますね。ま、あの手練でしたら、初犯ではなさそうですが」
 警備員が夫人の腕をつかまえたまま、袖なしコートの内側を探ろうとする。しかし夫人も負けてはいない。必死に片腕で襟元を閉じたまま、「何をされるの?」と混乱している憐れな淑女を演じている。なんだなんだと、周囲にひとだかりができ始めた。
「さあ、離れましょう。下手に関わると面倒です」
「でも……。男爵夫人はわたしによくしてくださったの。気さくにお知り合いを紹介いただいたわ」
 情け深いお嬢さまらしい。長所でもあるのだが、トラブルが起きたときはかえって厄介な短所となってしまうこともある。手癖の悪い罪人に同情するだけ、時間のむだだ。
「さ、さ。ひとは見かけによらないこともあるんですよ。行きましょう」
「……え、ええ」
 しかしフレデリックの判断が、やや遅かった。ジェルマン男爵夫人が、カトリーヌの存在に気がついたのだ。一段と声高に呼び止められる。
「まあ、奇遇ですわ、マドモアゼル・ラボー!」
「あ、あら。そうですわね、おほほ……」
「ちょっと、きいてくださらない? このかたが、あたくしを――手袋を盗ったって言いがかりをつけてくるの。あなたからも、そんなはずはないって、おっしゃってくださらない、ラボー嬢!」
 夫人はなかなかのやり手のようだ。「ラボー嬢」という言葉を、やけに大声で強調していた。ラボー家は銀行家として知られているし、こうしてしまえばいやでも巻きこんでしまえる。あわよくば……。
――くそ。お嬢さまを、共犯者に仕立て上げさせるわけにはいかん!
 どうしてよいのか判断がつかないカトリーヌの代理として、フレデリックがジェルマン男爵夫人の前に出てきた。
「あら、あなたは、ラボー嬢のお兄さま?」
「いえ、恋人です」
「ま、まあ。ずいぶんと堂々とされてますのね……」
「ジェルマン男爵夫人こそ、とんだ災難に巻きこまれたごようす。よろしければお力になってさしあげましょうか」
「ええ。そうなの。あたくしはただ、手袋を見ていただけですのに」
「つまり万引きを疑われていると?」
「……ずいぶんとはっきりとおっしゃいますのね」
「していらっしゃらないのなら、そちらこそ堂々とお見せすればよろしいではありませんか。ちがいますか、警備員どの?」
「そうですな、お客さま」
 鬼のような形相でフレデリックは、詰襟の男ににらまれる。共犯者と思われているにちがいない。それでも臆することなく、男爵夫人に接近する。
 ここで両者の視線がぶつかり合った。
――こいつ、ただ者じゃないわ。
 相手の目がそう語っているのを感じながら、「失礼」とひと言告げて、夫人の腕を強引にとった。
「何をされるの!」
 絶体絶命とばかり叫ぶジェルマン夫人。フレデリックの手でコートを広げられた。
「…………ああ、もうおしまい」
「ほら、何も盗っていらっしゃいませんよ」
「あ、あ、あら?」
 放心する男爵夫人。当たり前だ。盗んだはずの品物が、コートの内ポケットに入っていないのだから。
「では、あなたさまは? 失礼ですが、調べさせていただきます」
「ええ、けっこう。思う存分、ごらんになってください」
 フレデリックは上着を脱いだ。裏返し、周囲に集まっているひとびとに披露する。警備員にも上着を渡し、調べさせた。
「むむ……、本当ですな。これは大変失礼いたしました……」
 今度は警備員が真っ青になっている。冤罪者を捕まえてしまえば、会社側からの罰則がまっているのだろう。しかし真の冤罪者こそ、彼なのだ。
「いいえ、だれにだって過ちはあります。今回のことは、不問にいたしますから、どうか気を落とされずに」
「ありがとうございます、お客さま!」
 警備員が気の毒に思って、フレデリックはジェルマン男爵夫人の腕を引っぱり、手袋売り場をあとにした。

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